上坂すみれもびっくりなキョンシー映画 第26回東京国際映画祭 前篇

 九条小夜子(以下九) いや~、今回は早かったねぇ。
 豊橋ミケ(以下猫) は? 何いってるにゃ! 東京国際映画祭が終わったのは10月25日! もう3週間以上経ってるにゃ!
  早い方じゃない。第23回はその年の大晦日だったし、第24回は次の年の1月だった。それに比べれば1ヶ月にも満たない遅れなんて大した事じゃないよ!
  開き直りにしか聞こえにゃいにゃ。


  というわけでいってみよお!
 最初に観たのは「リゴル・モルティス 死後硬直」 。「呪怨」の清水崇がプロデュースした香港のホラー映画なの。
  それしか知らないで観たから驚いたにゃ。
  そうそう、実はこの「リゴル・モルティス 死後硬直」、キョンシー映画だったのよ。
 キョンシーといってもわかんない人が多いだろうね。
  「ヴァンパイア」のレイレイだにゃ。
  間違っちゃいないんだけど……。
 前へならえの姿勢でピョンピョン跳ねるあの中華ゾンビよ。「リゴル・モルティス 死後硬直」はキョンシーを現代風にリアルにアレンジして復活させたの。
 顔だけだけどポスターに載ってるから見てみて。

「リゴル・モルティス 死後硬直」ポスター

  これを見てキョンシーだと思う人はいにゃいんじゃにゃいかにゃあ。
  確かに変わり過ぎだよね。
  衣装にゃんか変わり過ぎどころか同じところがにゃいにゃ。
  せいぜい黒いぐらいかな。
  だったら日本の学生は皆キョンシーだにゃ。
 そのせいでにゃかにゃかキョンシーだってわからにゃかったにゃ。
  でも現代であの格好はないからね。
 道士がキョンシーの前で息を止めるシーンがあって、そこでウチはようやく「あっ、これキョンシー映画だ!」って気づいたんだよね。
 キョンシーの動きを封じるあのお札だけでも残っていれば……。
  その代わりお金で作ったマスクみたいにゃのを着けてたにゃ。
  前へならえはしないけどワイヤーアクション風に跳んだり、滑るような動きを見せるのは80年代キョンシー映画の名残だろうね。
  監督も「リアルタッチであの動きはねーだろ」と思ったんだにゃ。
  そうだね。伝統的なキョンシーの動きじゃ現代的なアクションはこなせないと思ったのか、すぐにキョンシーに双子の幽霊をとりつかせ、獣のような動きをさせている。
 リアルタッチという事で場面は少ないけどグロ描写にも力が入ってるよ。
 キョンシーのいる部屋に主人公になついていた子供が閉じ込められちゃうんだよね。
  その子、どう見ても中国人にゃんだけど何故か金髪にゃんだにゃ。
  で、主人公がその部屋に行くと、床一面に生々しい肉片が散乱していた。その中から一束の金髪を見つけるシーンはドン引き必至だよ~。
  そのせいで中国では上映許可がおりてにゃいとか。
  今の日本でも年齢制限は避けられないね。
 話の構成が雑なのとオチに不満が残った。
  にゃんせ全ては主人公が自殺する直前に見た妄想にゃんだもんにゃあ。
  ほんと、あれは蛇足としかいいようがない。
  キョンシー、とりあえず復活は果たしたけど、これからどうにゃるのかにゃあ。
  ウチは「リゴル・モルティス」だけで終わるんじゃないかって気がする。もちろんこれが最後のキョンシー映画ってわけじゃないけど、ゾンビやヴァンパイアと違ってそう何度も作られないんじゃないかな。
 何故ってキョンシーをキョンシーたらしめている設定が特殊すぎて現代にそぐわないんだもん。
  実際、誰もが思い浮かべるキョンシーの特徴って「リゴル・モルティス」じゃほとんど変えられていたもんにゃ。
  現代に合わせて変えていくことは可能だし、必須だと思うけど、それもやりすぎるとゾンビと区別できなくなっちゃうんじゃない? それってもうキョンシーじゃないよね。
 それにゾンビと違ってキョンシーは増殖もしないし、一体一体呪術で作るしかないから大規模な展開はできない。生前の記憶や感情は残ってないから吸血鬼や狼男、フランケンシュタインの怪物みたいにドラマを生み出す素地が無い。発展性が無いんだ。数多あるモンスターの中の一つになれればいい方だと思う。
  あたしらが知ってるソンビだって原典のブードゥー教のゾンビとは全くの別物にゃ。もしかしたらキョンシーだってそうにゃるかもしれにゃいよ。
  それはそうだけど……。


 お次は「ザ・ダブル/分身」ジェシー・アイゼンバーグ主演のドッペルゲンガーもの。
  そんにゃジャンルってあるのかにゃ?
  実際には無いと思うけど、そういう表現がぴったりなのよ。
 冴えない主人公の前に自分とは性格だけが真逆の自分そっくりな人物が現れ、主人公の手柄や想い人をかすめとっていく……。
 フィリップ・K・ディックやカフカっぽい話だけど原作はドストエフスキー。
  意外だにゃ。
  意外と言えば音楽。何故か劇中で「上を向いて歩こう」や「ブルーシャトー」等の日本の60年代の歌謡曲が流れるの。でも監督のリチャード・アヨエイドは日本人じゃないんだよね。
  それどころか日本人は一人も出てこにゃいにゃ。
  劇中で舞台や時代が特定されるシーンはないけど、小道具などの感じを見ると60年代を意識した英国風ディストピアみたい。
  現実の60年代じゃにゃいんだよにゃ。
  そう。街並みなどのデザインは英国の下層階級を思わせるもので、日本を感じさせる要素は無い。何で60年代歌謡曲だけが使われたのかさっぱりわかんないのよね。
 

 「ボーグマン」は昔なつかしの超音戦士じゃなくて得体の知れない集団の暗躍を描いたオランダ映画。
  わけわかんにゃくてこれも不条理劇に入れたいにゃ。
  ミケの気持ちもわかる。
 タイトルロールのボーグマンとは集団のリーダーの名前。
 実をいうとこいつら、名前しかわからないし、それが本名かどうかも怪しい。
  そもそも何がやりたいのかわからにゃいにゃ。
  冒頭、地下に隠れ住んでいた彼らは村人から襲撃され、森の中から郊外へと逃れる。
 舞台がヨーロッパだからロマやユダヤ人みたいに迫害されているのかと思っちゃったけど、早い時点で彼らが被害者ではなく、他人の家に入り込み、乗っ取りじみた事を企てる加害者だとわかる。
 じみたっていうのはラストで彼らの目的が住居の乗っ取りじゃないってわかるから。
  家の持ち主である夫婦を毒殺。これで邪魔者はいにゃくにゃった。家を自由にできるはずにゃのに次の日に出ていっちゃう。
  家が目当てじゃないなら夫婦を殺す理由はないよね。いっておくけど乗っ取りが発覚したような描写は一切なかった。
  死体を始末したらさっさと出てっちゃうんだもにゃ。
  金目のものを売り払うような描写はなかったし、車があったのにボーグマン達は徒歩で出ていった。あ、いっておくけど誰も運転できないわけじゃないよ。金銭目当てじゃないみたい。
 何にせよそこに住む気はなかったらしい。
 冒頭に集団を強化するために地球に来たってSFじみたテロップが出るし、住み込みの子守りと子供達を連れ去っているから仲間を増やすのが目的なんだと思う。
  それにゃらさらえばいいじゃにゃいか。
  そう、ミケのいう通りなんだよね。わざわざ庭師を殺してその後釜になりすましてまで家に入り込む理由がない。
 背中に何かを埋め込んだと思わせる描写があって、それが謎をとく鍵になりそうなんだけど……
  ボーグマンの背中にもその跡があったにゃ。
  埋め込まれた後は人が変わったようになる。もしかしたら埋め込まれることで集団の一員になるのかもしれない。
 そんなわけで間違いなく重要なものなんだろうけど、それが何なのかはわからず終い。
  背中に何かを塗った後、手術器具を取り出したところでおしまい。埋め込むシーンもにゃければ埋め込まれるものも映らにゃかった。
  乗っ取りの手口を細かく描く一方で肝心要の動機には一切触れていない。何を考えているかわからない不気味さを出したかったのかなぁ……。
 オカルト的な解釈をするなら彼らは魔物の類いだったのかも。
 ボーグマンが全裸で寝ている奥さんにまたがっているシーンがあって、その間、奥さんは旦那さんに殴られる夢を見るの。ウチらはただの夢だと思っていたんだけど、奥さんは実際にあった事のような反応を示した。後半、奥さんがボーグマンに迫るシーンがあるんだけど、欲求不満とかじゃなくてそうなるように仕向けられたのかもね。
 さらに冒頭、ボーグマン達を襲撃する三人のうちの一人は神父だった。
 こういった描写ってインキュバスを連想させるよね。
  でもインキュバス説じゃボーグマン達の行動を説明できにゃいにゃ。
  うん。いっといてなんだけど、ウチもボーグマンを伝説通りのインキュバスだとは思っていない。でもそれに近い存在じゃないかとは思う。 あと考えられるのは……やっぱアレかな。
  アレ?
  移民問題よ。だいぶ前からヨーロッパ全体で出生率が下がってるのね。それで人口維持のために移民の受け入れをやっているんだけど、それがいろいろな問題を起こしている。「ボーグマン」もその影響下にあるかもしれない。
 やっぱりボーグマン達は移民のメタファーで、乗っ取られるかもしれないという恐怖を体現する一方、あいつらは仕事目当て、居つくはずがないって不信感を表しているのかもね。
  インキュバスとかSFよりそっちの方が怖いにゃ。
  後半へ続く。
  えっ!?
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tag : 東京 映画祭 キョンシー 集団 ジェシー・アイゼンバーグ ヨーロッパ 乗っ取り 歌謡曲

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恐怖心と偏見との切れない関係

観てないというか、観る機会を得るのが難しい映画ばかりなのですが、

> やっぱりボーグマン達は移民のメタファーで、乗っ取られるかもしれないという恐怖を体現する一方、あいつらは仕事目当て、居つくはずがないって不信感を表しているのかもね。

の下りには興味を持ったので少しだけ

 実は、「部外者への偏見から生まれた恐怖心」がホラーの題材になっているというのはこれに限った話ではなく、モダンホラーに多大な影響を与えているH.P.ラヴクラフト(今流行のクトゥルー神話の大本を生み出した大家)の作品も、「有色人種への偏見」がかなりメタファーとして入っているというのは、一部の作品の描写や彼の書簡などから明らかになっていて有名な話です。
 正直言って、私みたいにそういう差別や偏見が大嫌いで、かといって、彼の作品や影響を受けた創作自体の魅力は否定できない人間としては、ものすごく複雑な心境なんですけどね…後ろめたさがないといえば嘘になります。

 それでも、「ボーグマン」は話を聞く限りでは、ちょっと創作として楽しむには偏見を素の形で出しすぎているかなあという気もします。
 ただ、その製作者もまたH.P.ラヴクラフトの影響を受けているのはほぼ間違いないところでしょう。

Re: 恐怖心と偏見との切れない関係

> 観てないというか、観る機会を得るのが難しい映画ばかりなのですが、
 そこが残念ともいえるし気がねなくネタバレできるともいえるんですよね。でも劇場公開できるにこしたことはないのでやっぱり惜しいというところですね。
>  実は、「部外者への偏見から生まれた恐怖心」がホラーの題材になっているというのはこれに限った話ではなく、モダンホラーに多大な影響を与えているH.P.ラヴクラフト(今流行のクトゥルー神話の大本を生み出した大家)の作品も、「有色人種への偏見」がかなりメタファーとして入っているというのは、一部の作品の描写や彼の書簡などから明らかになっていて有名な話です。
>  正直言って、私みたいにそういう差別や偏見が大嫌いで、かといって、彼の作品や影響を受けた創作自体の魅力は否定できない人間としては、ものすごく複雑な心境なんですけどね…後ろめたさがないといえば嘘になります。
 それに関しては「山本弘のSF秘密基地BLOG」に興味深い話が載っています。
 「インディアナポリス」は差別語か? http://hirorin.otaden.jp/e300786.html
 発端はクトゥルー神話アンソロジーに山本弘がゲームブックを寄稿した際、編集者からインディアンという言葉は差別語だからやめてくれと言われた事。山本弘は舞台となる時代を考えれば避けて通れないと反発したのですが、結局は経緯をブログに書く事を条件に折れました。頭が痛いのはクトゥルー神話アンソロジーを作ろうという編集者が差別問題に無知だという事。彼が心を入れかえ勉強しない限りこうした衝突はなくならないでしょう。
 山本弘の差別に対する姿勢はとても真摯なもので差別語問題を扱った一連のブログは一読の価値があると思います。
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