むかし性病、いま二次元 「別冊宝島268 怖い話の本」

 「怖い話の本」表紙

 豊橋ミケ(以下猫) ……これまたずいぶん古い本だにゃ。
 九条小夜子(以下九) 奥付には1996年7月14日発行と書いてあるから21年前だね。
  今月は古い本月間にゃの?
  そういうわけじゃ……偶然そうなっちゃったのよ。
  「怖い話の本」というと怪談か何かかにゃ?
  それとね。でもそれだけじゃないんだよ。
 90年代の別冊宝島はディープで充実した内容のルポが多かったのよ。
  ルポで怪談? 実話系怪談の本かにゃ。
  火付け役の「新耳袋」が出たのはこの頃だけど、これは違うのよ。確かにテーマは怪談だけど、その中身ではなく背景に光を当てた面白い本なの。
  ……わかりにくいにゃあ。
  じゃあもう少し踏み込んで紹介しようか。


 トップバッターは大泉実成の「サリン事件の殺害現場に、亡者の叫びはきこえたか!」。陰惨な事件、事故の現場で幽霊を見たって話はよく聞くじゃない?
  「新耳袋」にもいくつか載っていたにゃ。
  大泉実成はそうした幽霊話を求め、この本が出た頃はまだ起きて間もない二つのサリン事件の現場を取材したんだけど、意外や意外、幽霊話は無かった。
  そういえば霞が関駅に地下鉄サリン事件の被害者の幽霊が出るにゃんて聞いた事にゃいにゃ。
  実は長野県の松本サリン事件の現場である明治生命寮に出るって話が地元の中学生から出ていたんだけどね。でもそれ、ごく一部の間にしか広まっていないようで、大人達からは全く出てこない。それどころか逆に幽霊を否定する話を聞かされる始末。
 幽霊話が定着するためにはまずそれがにならなければならない。
  突然何をいい出すにゃ。でも確かにそうだにゃ。
  しかし、松本サリン事件の場合、幽霊よりも先に重要参考人として警察に連行された河野義行の事がになった。それがいけなかった。河野義行の冤罪が証明されると、地元の人達は警察やマスコミのいう事をうのみにし、無責任なの流布に加担したことを恥じるようになった。
  無責任な第三者ではいられにゃくにゃったんだにゃ。
  そう。河野義行に対する罪悪感が幽霊話を封じてしまったと大泉実成はにらんでいるの。
  地下鉄サリン事件の方は?
  これはつまらない話で、罪悪感の代わりに地下鉄サリン事件の舞台=危険というイメージがついて客足が遠のくことを恐れた営団地下鉄が封じたのよ。この本で初めて知ったんだけど、営団地下鉄は営業している間、現場に供えられた花を撤去していたくらい徹底して現場を“漂白”していたの。
  は~。
  そもそもオウム真理教事件はサリン事件発生からサティアンへの強制捜査、TV局が教団幹部の上祐史浩らをワイドショーに呼んだり、教祖の浅原彰晃の奇行、彼の側近だった村井秀夫が暴力団員に刺殺されるなど、次から次へと事件が起こった。
 いい方は悪いけどお茶の間に絶えずホットな話題を提供し続けていた。しかもではなく現実。
  インパクトは段違いだにゃ。
  誰もがオウムのニュースに目を奪われていた。そこに幽霊話が入り込む余地は無かった。
  はー。冤罪事件がなくても変わらにゃかったと?
  ウチはそう思う。でも大泉実成は松本サリン事件現場では「幽霊が出ないために来ている」と言いいはる自称不動産業の電波老人に、地下鉄サリン事件の取材では牛乳を飲んでサリンの毒性を中和したと主張するイラン人に会っている。
  芽は出てたんだにゃ。
  オウム真理教事件がもっとずっと小規模な事件だったらもしかしたら……。
  残念っていっていいのかにゃあ……。
  事件が事件なだけに微妙なとこだね。
 ここだけ読むと幽霊を否定しているように見えるけど、そうじゃない。霊が見えるという当時30代の男性のインタビュー「見えてしまう不幸」や会社絡みの怪談も載せている。
 後者は「ノンフィクション! 会社の怪談」っていうんだけど、これ、怪談とは関係ない部分が凄いのよ。
 ミケ、ちょっとここ読んでみて。
  えーと、「
五年ほど前、大森に(株)NTTリースが独身寮を新築したんです。」!?
  次はここ。 
  「
私は以前、ジャパン・フィルム・センターというテレビの制作会社で仕事をしていました。NHKに常駐し、」……って実名出してるにゃ!
  そうなのよ。全部がそうじゃないけど企業名や具体的な地名を出しているの。
  隠す気にゃいにゃ。
  よく昔の雑誌や新聞は平気で作家や投稿者の住所を載せていたけど、80年代にはそんな事なくなっていた。
  昔はおおらかだったじゃ説明できにゃいにゃ。
  読む度にいいのかな~、これ? って思うよ。
 どっちも真偽には踏み込まず、怪異の紹介に留めている。その路線の最高傑作といえるのが大泉実成の「<マンガ・アニメ業界の残酷物語> ドブ川に死す!」。漫画家やアニメーター達の間の噂を紹介しているだけで、中には新鮮味の無い話もあるけど、裏話的な面白さがある。
 怪談絡みでは佐伯修の「白い巨塔に巣食う怨念」も面白い。タイトルに反して怨霊なんか出ないんだけどね。
  タイトルからすると病院が舞台の怪談がテーマだにゃ?
  正解。面白いのは怪異ではなくそれに対する病院の人達の反応。
 怪談について尋ねたところ「
『職場だといかに合理的に働くかばかりを考えているせいか、ほとんどそういったことを気にしません。またあまり怪談めいたことを同僚と話すこともありません。忙し過ぎるんですかね』」。
  へ?
  こんな答えもあった。「
『幽霊も怪奇現象も信じません。でも、本当は見てるのかもしれませんね。ただ、見ても気がつかないくらいボーッとしているか、逆に忙しい時は、オバケと人間の区別もつかないのかも。時どき怖い話とかを聞くことがあっても、『あ、そう』で終わっちゃうのね』」。
  ……それどころじゃにゃいって事?
  ぶっちゃけそういう事。何せ「
胃潰瘍の手術後三日目に、看護婦をだまして、点滴チューブを引きちぎって脱出、廊下に点々と滴る血痕を辿ったところ、バス通りで交通を止め、オチンチンの先にカテーテルを突っ込んだまま仁王立ちになり、両手にピンセットを持って、バルタン星人のような格好で大見得を切っていたオヤジ。」がいるくらいだからね。
  それ本当にゃの? 
  支離滅裂すぎるからウチはかえって本当の話だと思う。
  幽霊よりそのオヤジの方が怖いにゃ。
  実は妖怪バルタンじじい。
  笑い声は当然……
  ヴッフォッフォッフォッ
  とまあ、生きている人間の方が怖くて大変だからとても幽霊の相手なんかしてられない。
 とはいえ死を全く意識しないわけでもない。例えば患者の遺体処理をした後は必ず着替える。そうしないと気持ち悪いとか、患者が死んだ後は勤務明けにシャワーを浴びる。そうしないと「プライベートな時間に入れない」と言う看護師がいる。記事でも指摘している通り、当人にはそのつもりはなくても死を穢れと見て忌み嫌い、私生活に持ち込みたくないと思っているんだ。
  意識下に神道思想が入ってるんだにゃ。
  看護師もやはり人の子、それも日本人の子って事だね。もしかしたら神道とは無縁な文化圏の看護師はそんな事しないのかもしれない。
  こうにゃると科学で説明できにゃい事は一切信じにゃいってわけでもにゃさそうだにゃ。
  そう。先にもいったけど病院で働く人達にとって怪異は信じる信じないじゃなくて相手にしてる余裕がないって事だから、病院での怪異が否定されているわけじゃない。実際、郡暢茂って徳島県の医者が病院で起きた怪談話を収集し、分析した「医療現場の『ふしぎ体験』」って本があって、佐伯修はそこからいくつかのエピソードを引用している。
  小夜ちゃんはその本、読んだことあるの?
  いや、ウチも未読なんだ。ネット書店とかなら手に入るみたいだけど。
 面白いことに点滴スタンドを持った老人の幽霊を見た話では、点滴の種類ははっきりわかるくせに肝心の老人の顔がわからなかったり、幽霊とは知らずに見てしまった入院患者がのん気に「あの人、しばらく見ないと思ったら退院したんだね。こないだ見かけた時は前より元気そうだったよ」と言うなど、怪異の受け止め方がズレてるんだ。
  病院ってやっぱり特殊な場所にゃんだにゃあ。
  それにしても死んでる方が元気とはね。


 次は幽霊とかは出ない地に足のついた話をしよう。まずは林巧の「四肢切断!! だるま女の正体をつきとめろ!」
  地に足?
  ミケはだるま女って何だかわかる?
  ごまかしたにゃ。さらわれた女の人が手足を切り落とされて外国で見世物にされたり、売春をやらされてるって都市伝説だにゃ。
  外国は東南アジアなどが多いんだって。で、東南アジアに詳しい林巧によるとそもそも東南アジアには見世物小屋は無いそうな。
  じゃあだるま女を東南アジアで見たっていう話は……。
  幽霊が生身の女に変わっただけかもね。
 本当は見世物小屋を楽しみたいんだけど、それをやるには自意識が高くなってしまった日本人がせめて空想の中だけでもと無意識に作り上げた都市伝説ではないかと林巧はいっている。
  東南アジアの人には迷惑にゃ話だにゃ。
  生臭いのは浅野恭平の「骨ひろう人びと」。第二次世界大戦の激戦地での遺骨収集にまつわる話を発端から遺骨と動物の骨の見分け方に至るまで幅広く紹介している。
  動物の骨との見分け方?
  人間の骨の断面には細かい穴がいっぱいあるんだって。医者の話じゃないから本当かどうかはわからないけど。
  実践的だにゃあ。
  ウチらにとっては使い道の無い知識だけどね。
  この本で得た知識をフル活用できる人って……。
  何でそんな話が出てきたかというと、遺骨収集にはお金がかかる。そのおこぼれにあずかろうとヤクザらしき人達が介入するようになったからなんだ。
 彼らは遺骨収集の名目で企業から金を集め、後で見つけた骨の写真を証拠として見せる。でも証拠写真に写っているのが遺骨とは限らない。動物の骨の方が多いんだって。
  この本が書かれた時点でも終戦から50年経ってるんだもんにゃあ。
  純粋な善意なら問題ないかというとそうでもない。今、どれだけ残っているかわからないけど、当時は遺骨収集の団体が乱立し、費用が安いのをいいことにそれぞれが記念碑とかを建てるものだから、その維持管理をどうするのか、取材を受けたダイバーショップを経営している日本人は憂慮していた。激戦地の一つペリリュー島だけで三十程の碑があるんだって。
  多すぎだにゃ。それじゃ現地の人も迷惑だにゃ。
  さすがに無断では建てていないし、碑の建立の手伝いの謝礼はいい臨時収入になったとか。案外気にしてないのかもよ。
  だといいけどにゃあ。


  ウチが一番興味をひかれたのは田中聡の「パンツをはいたロウソク病!」。
  ロウソク病って何にゃ?
  ベトナム戦争時、ベトナムから日本の米軍基地に移った米兵達から拡まった性病で、男性のアソコがロウソクのように溶けちゃうんだって。
  そ、それ、本当にあるの?
  実はある。軟性下疳といって亀頭に潰瘍ができる病気で、病状が進行するとペニスが溶けちゃうんだって。
  え~……。
  あくまでも症状が進行した場合だよ。サルファ剤で簡単に治せるんだ。ちゃんと診察を受ければ怖い病気じゃないんだよ。
  それ、今の話じゃにゃいの?
  サルファ剤は1930年代後半にできたんだよ。だから軟性下疳は今どころかベトナム戦争の頃でも怖い病気じゃなかったんだ。
  ベトナム戦争時に拡まったっていうのは……。
  真っ赤な嘘。昭和四十年代には週刊誌等で新たな性病が上陸したって話が何度も報じられた。ロウソク病はその一つに過ぎない。
 田中聡は1995年に厚生省が出した「国民衛生の動向」からデータを抽出し、性病が蔓延しているどころか逆に年々減っている事を示している。

 「怖い話の本」表

  本当だにゃ。
  軟性下疳の患者数は昭和三八年には三ケタ、昭和五〇年には二ケタにまで減っている。昭和五九年に106人に増えたけど、これは一時的なものに過ぎず、その後順調に数を減らし続け、平成五年にはとうとう一ケタになっちゃった。そして今ではすっかり忘れられている。ベトナム戦争の時に拡まったなんて話がでっちあげなのは明らか。
  じゃあ何で新しい性病が上陸にゃんて話やローソク病が拡まったなんて話が雑誌に載ったんだにゃ?
  日本に昔からあった性病が息を吹き返したんじゃなくて海外からやって来たって話になっているところに注目して。
 田中聡はこんな逸話を紹介している。
 1984年に長野県佐久市の県営プールに入ると性病にかかるって噂が流れて入場者数が激減した事があったの。
  水を介して感染するにゃら性病とはいえにゃいようにゃ……。
  ウチもそう思う。何故そんな噂が流れたか? 実はその頃、長野県佐久市周辺では東南アジアから来た女性がキャバレー等で働き始めていた。多くは店外デートをしていた。
  店外デート?
  お客さんの歓心を買うためにキャバ嬢がと外で会う事。食事をしたり買い物をしたりとかするんだけど、お客さんの方は……ね。
  ね?
  ミケが考えるような事してるんじゃないかって見られてたのね。
  あっ、ずるーい!
  不道徳な存在と見なされていたところに「東南アジアの人達はプールをお風呂代わりにしている」ってデマが加わった。こうして偏見とセックスとプールが結びつき、性行為無き性病の噂ができあがった。
 噂の中の性病が全てそうだとはいえないけど、その裏には外国人に対する忌避感、差別意識がある。
  外国人の方こそいい迷惑だにゃ。
  濡れ衣よりタチ悪いもんね。
  そういえばAIDSもホモの病気だとかいわれてたにゃ。
  80年代のAIDS患者に同性愛者が多かったのは事実だけど、同性愛者だからAIDSにかかったわけじゃない。レーガン政権はゲイに対し差別的で、AIDSを彼らだけの病気と見なしてまともな対策をしなかった。
  ウイルスに同性愛者か異性愛者かどうかなんてわかるわけにゃいにゃ。
  レーガン政権はAIDSを神の罰と思っていたのよ。
 病気の噂の陰に差別が潜んでいるのは日本だけの話じゃないんだね。
  病気の噂を聞いたら差別と思え!
  そういい切っちゃうのもどうかと思うけど……。
 昭和四〇年代にはもう一つ、いや、もう一人いた。三悪追放教会会長の菅原通済だ。
  三悪?
  彼の場合は売春、性病、麻薬の事だね。
  あっ、雑誌で反性病の記事を書いてたんだにゃ。
  いい事してるように見えるでしょ? 彼は1965年に「月刊ひろば」って雑誌のインタビューにこう答えている。

 長崎県の報告によると、(中略)実際梅毒菌を探すのに骨が折れるという状態にまでなったんです。ところがだ。三十五年の暮れになってから性病のうち、特に梅毒が急カーブで増えだしてきた。考えてみると、ちょうど、その頃から世相が目に見えて悪化して、「性」を遊戯化する傾向が現れてきている。つまり、世道人心が頽廃してきたんだね
  こ、心の乱れ?
  先に挙げた表を見ると彼のいう昭和三五年の梅毒患者数は前年より1342人少ない10126人。翌年にはさらに減って7313人になっている。
  全然増えてにゃいにゃ。
  今だからいえる事かもしれないけど菅原通済の主張は事実無根だったんだ。
 同じインタビューで彼は「
16歳の少女が、梅毒を二人の学生にうつし、その学生から四十何人かが罹患している。患者はみんなティーンエイジャーで、十六の娘が震源地――もちろんその先もあるわけだが――というから恐れ入った話だ」と言っている。
  16歳の少女より学生の方がうつした人数が多いのにそっちはお咎めにゃし?
  梅毒なんて昔からある性病だし、「その先もある」と言っておきながら16歳の少女を「震源地」呼ばわり。この事から菅原通済が本当に問題視しているのが性病じゃないのがわかる。
 菅原通済は年端もいかない女の子が性行為をしたのが許せないんだ。性病はカモフラージュに過ぎない。
 もちろん16歳の女の子が梅毒にかかるというのはいい事じゃない。だからって事実に反する事をいっていいわけじゃない。
 ミケ、何かに似てると思わない?
  え……あ、表現規制だにゃ!
  そう! 犯罪を助長するとか青少年に有害とかいって漫画やアニメの性表現や暴力表現を規制しようとしている連中と構図は同じだよ。
 表現規制派の主張が正しいなら何で日本より性表現、暴力表現への規制が厳しいアメリカやロシアの方が犯罪件数が多いの?
  表現規制には何の効果も無いって事だよにゃ。
  表現規制派も菅原通済も自分の倫理観を他人に押し付けてるだけ。性病や青少年保護はカモフラージュに利用してるだけなんだ。カモフラージュしないだけトランプ米大統領の方がマシともいえる。
  そうかにゃあ……。
  菅原通済の場合、彼の記事を読んで思い当たるフシのある人が病院に行ったので早期発見につながった例もあるから百害あって一利無しとはいえない。でも表現規制派は害しかない。
 ちょっと重い話になっちゃったけど「怖い話の本」は「あの噂や怪談の裏にはこんな事があったんだ」という驚きに満ちた本なんだ。
  軽い気持ちで読んでも楽しめるにゃ。
  21年も前の本だから古びている部分があるのは確かだけど、怪談や噂の中に思いもよらないものが埋もれていて、それを掘り起こそうという試みはポスト真実の時代の今にこそ求められるものなんじゃないかって気がする。
 復刻してより多くの人に読んでほしい一冊だね。


 

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tag : 怪談 表現規制 差別 幽霊 性病

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